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裁判員制度 

     来年の5月から、裁判員制度が導入されるそうです。
     裁判員制度によって、裁判を効率化、短期化するというメリットがあるのだそうですが、それが世間的ではなく、裁くという行為的にどうメリットがあるのかは疑問が残りますが、それもふまえて月野は反対してます。
     最も参加したいだろう、その事件の関係者は法廷にさえ入れない可能性があるのに、全く関係のない人たちが、関与する。
     前々からの前例主義もおかしいと思っていたけれど、参加したくない人(それは仕事の都合だとか)を無理矢理呼びつけて、その事件を自分にとっては無関係なもの、という位置づけで真剣みを帯びない人がいてもおかしくない状況で、その人たちの一声で罪の有無が、罪の重さが決まる。
     そのことの重さに、裁判員という重さに、私なら耐えきれない。
     被害者の嘆きを、加害者の懇願を、聞く勇気は、私にはない。
     裁判員制度って聞くと、思い出すのは映画の「評決の時」で、これは人種差別がテーマになっていたけど、根本的な裁判員制度の問題点もついているような気がします。
     真実がどうか、とか、その罪の重さの理解とかの前に、それを判断する人の好き嫌いが、どうしてもフィルターになってしまう。それは元来当たり前で、フィルターを除くことの方が難しくて、それが個性と呼ばれたり、性格と呼ばれたりするものの1つなのだと思うけれど、思うからこその、その客観性が信用できません。
     それを言い出したら裁判官も人間だろう、という話になるけれど、彼らは“人を裁く”ということの覚悟を大なり小なりもって、その仕事に就いたわけだから、――回避する手段は過去にも現在にもあって、それでもそう在り続けることを自分で選んでいる人な訳で、あくまで客観的に自分を律する訓練もしているだろうから、論外で。
     あと、どうしても解せないのが、「守秘義務」なんですけど。
     自分が裁判で知り得たことについて、一生涯、どんな身近な人にも話してはならない、んだそうですが、その秘密主義については別で論じるとして、勝手に呼びつけて、勝手に裁判員に任命されて、知りたくもないことを教えられて、で、それをしゃべったら罰則って、なんか一方的すぎます。
     こっちの都合を一切頓着せず(断ることもできるそうだけど、理由として正当だと認められるのが例えば「その人がいなければ職場がつぶれてしまうほどの打撃になる」とか、厳しすぎるから。
     それに、「裁判員制度になりますー」とかは聞いたけど「裁判員制度にしてもいいかなー」というのは今までなかった。(少なくとも、普通に生活している限りでは)
     勝手だし、唐突だし、重荷押しつけすぎだし、
     なんとかナシの方向にならないんでしょうかね。

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